三つの仏塔はそれぞれ何のために建てられたのですか?
東・中央・西の鐘形の仏塔には、それぞれボーロムトライローカナート王、ボーロムラーチャーティラート3世、ラーマーティボーディー2世の遺骨が納められました。三つの大きな仏塔から、王族を追悼する場所だったことが分かります。
アユタヤ · アユタヤ旧王宮の王室寺院遺跡
ワット・プラシーサンペットでは鐘形の大きな仏塔三基が東西に並びます。アユタヤ旧王宮とつながる王室寺院遺跡で、残る塔や堂の基壇をたどると王室儀式が行われた場所の規模を感じられます。
三つの仏塔にはそれぞれアユタヤの王が祀られています。王室儀式が行われた広い堂跡も残り、王室の追悼や宗教儀式のために建てられた寺院だったことが伝わります。並ぶ仏塔を眺めた後、基壇に沿って歩き、堂が建っていた場所も見てください。
東・中央・西の大きな仏塔には、それぞれボーロムトライローカナート王、ボーロムラーチャーティラート3世、ラーマーティボーディー2世の遺骨が納められました。王を祀るために建てられた鐘形の三基の塔が並んでいます。
塔を遠くから見ると三つの建築の並びが、近くでは各塔の丸い胴部と上へ伸びる尖塔が目に入ります。周囲の小塔も王族の遺骨を納めた建築だと文化局は説明しています。
この場所はもともと王宮でした。ボーロムトライローカナート王が宮殿を北へ移した後、旧宮殿跡が寺院となり、王室宗教儀式や国家儀式の場として使われました。王や王室への忠誠を誓う儀式も行われていました。
現在、堂や宮殿がすべて完全な状態で残っているわけではありません。建物の基壇と塔の向きを見ながら、王宮隣接の寺院の配置を想像してみましょう。現在のバンコク王宮のワット・プラケオとは別の王朝・都市の遺跡です。
王室の堂には金で覆われたプラ・シーサンペット立像がありました。アユタヤ陥落時に金が剥がされ、青銅の内部が残りました。その後ラーマ1世がバンコクのワット・ポーへ移して仏塔に納めたと文化局は説明しています。
現在の堂跡に大きな黄金仏は残っていません。仏像が祀られていた場所や基壇を見て、旧堂の姿を想像してみましょう。バンコクのワット・ポーを訪れる場合は、移された仏像が納められる仏塔も見てください。二つの都市で同じ仏像にまつわる歴史をたどれます。
2026年の文化芸術局の行事案内では、ワット・プラシーサンペットと王宮が共通券の一項目として紹介されています。この行事の時間は通常の開館時間ではなく、行事共通券を通常の入場券と同じものとして扱うこともできません。旧王宮跡で見学できる範囲は公開エリアに限られます。
男女とも肩と膝が隠れる服装がおすすめです。袖のあるトップスと長ズボン、または膝を覆うスカートを用意してください。ノースリーブや短いボトムスより、控えめな服装で訪問しましょう。
東・中央・西の鐘形の仏塔には、それぞれボーロムトライローカナート王、ボーロムラーチャーティラート3世、ラーマーティボーディー2世の遺骨が納められました。三つの大きな仏塔から、王族を追悼する場所だったことが分かります。
いいえ。アユタヤ陥落時に金が剥がされたあと、残った青銅部分をラーマ1世がバンコクのワット・ポーへ運び、仏塔内に納めたと文化芸術局は説明しています。ここには王室の建物跡と仏塔が残っています。
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共有画像の出典: Supanut Arunoprayote / Wikimedia Commons · CC BY 4.0